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東京高等裁判所 昭和36年(ラ)714号 決定

抗告人 金田正男(仮名)

相手方 金田定治(仮名)

主文

原審判を取り消す。

相手方の抗告人に対する本件推定相続人廃除の申立を却下する。

本件申立費用(抗告審での分を含む)は相手方の負担とする。

理由

抗告代理人は主文第一、二項と同旨の決定を求め、その理由として別紙抗告理由書及び準備書面記載のとおり主張した。

準備書面記載の抗告理由一について。

推定相続人の廃除は、遺留分を有する相続人をして相続人たる資格を失わしめる制度である。兄弟姉妹のように当初から遺留分を有しない相続人又は遺留分を有したがその後適法に遺留分を放棄した相続人については、被相続人は遺言でその相続人の相続分を零と指定するか又は遺産の全部を他の相続人に遺贈する等の方法によつて、相続人を廃除したと同一の目的を容易に達成することができるのであるから、かかる相続人に対する廃除を認める利益も必要もない。

本件記録中の抗告人の戸籍謄本(記録第五丁以下)、相手方の戸籍謄本(同第八丁以下)及び抗告人提出の審判書写(同第三〇三丁)によると、抗告人は相手方の長男で遺留分を有する推定相続人であつたところ、本件抗告申立後千葉家庭裁判所佐原支部に相手方を被相続人と定めて遺留分放棄許可の審判を申し立て、同庁昭和三八年家第一六〇号事件として係属し、同裁判所は昭和三八年五月一六日抗告人の申立を相当と認めて右許可の審判をなしたことを認めることができる。してみると、抗告人の遺留分放棄は右許可の審判によつて効力を生じ、抗告人は相手方を被相続人とする相続については、遺留分を有しない相続人となつたものといわなければならない。従つて、抗告人に対して推定相続人の廃除を求める相手方の本件審判の申立は、現在においては、上記説示の理由により、失当として排斥を免れない。

よつて、相手方の本件審判の申立を認容した原審判は、原審判がなされた当時においてはともかく、現在においては、その余の抗告理由について判断するまでもなく、不当に帰するので、これを取り消して相手方の本件審判の申立を却下することとし、本件申立費用(抗告審の分を含む)は相手方に負担せしめて、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 伊藤顕信 裁判官 杉山孝 裁判官 山本一郎)

別紙

抗告理由書

一、原裁判所は、抗告人と被抗告人とは不仲で既に二〇数年前より生計を別つて今日に至つていること、財産問題について争いが絶えず裁判問題に迄及んだこと並に抗告人が被抗告人の子甚六所有の杉、松、欅等の立木を窃取したこと等を認定した上、それ等は民法第八九二条の「著しい非行」に相当するとしている。

二、しかし乍ら抗告人と被抗告人との不仲は、あげて被抗告人の責に帰すべき事由により生じたものであり、右裁判問題もその一は被抗告人の抗告人に対する執拗な冷遇虐待の一証左であり、その一は抗告人と右甚六との訴訟であつて被相続人たる被地告人との争いではない。

又右窃盗は抗告人において推定相続人廃除の事由がないにも拘らず、同人を困却せしめる目的で、被抗告人がその申立をするに及び、それ迄の冷遇虐待も加わり、抗告人が冷静を失い一時の感激に出たものであつて、現在においては深く反省しているものである。尚右窃盗は被抗告人に対するものでなく、その子甚六に対するものである。

追つてその詳細は準備書面をもつて陳述する。

三、してみれば、抗告人において推定相続人廃除の事由はないものであるところ、畢竟原裁判所は審理の不尽又は事実の認定並に法律の解釈適用を誤つたものである。

よつて本抗告に及んだ次第である。

準備書面

一、抗告人は民法第八九二条の被廃除者たる地位を失つたものである。即ち

民法第八九二条はその被廃除者として「遺留分を有する推定相続人」と規定し、その客体を制限しているが、これは推定相続人の廃除の制度が被相続人をして相続人につき一定の事由に該る場合換言すれば相続的協同関係の破壊を理由に相続人に対し、その地位を奪い、相続をさせない権能を与えたものであるところ、遺留分をもたない推定相続人に対しては、あえて右権能を行使する迄もなく、相続分を零と指定するか、遺産を全部他の相続人に遺贈する等の方法で同一の目的が達せられるからである。

ところで抗告人は本件につき相続人たる地位を奪われることをおそれて抗争するものでないことは既に述べたところである。而して抗告人は昭和三八年三月六日付にて千葉家庭裁判所佐原支部昭和三八年(家)第一六〇号遺留分放棄許可申立事件を以て被抗告人に係る遺留分放棄許可申立をなし而同裁判所は昭和三八年五月一六日右遺留分の放棄を許可する審判をなした。

よつて抗告人は被抗告人に対し遺留分を有しないものであること論なく、従つて本件廃除の申立は、その要件を失い理由なきに帰したものである。

二、仮りに右主張が理由ないとするも、以上の事実からも明らかなとおり、抗告人の所為は、被抗告人に対する一時の感激に出たものであり、現在においては深く反省しているものである。

而も被抗告人は、その主要な財産を訴外金田甚六に贈与しており他の財産も抗告人の遺留分の放棄によりいかように処分するも、これに対し抗告人が何ら異議を申立て得べき筋合でなく、勿論遺留分の取戻ができないことはいうまでもない。してみれば、被抗告人が抗告人に対し本件廃除の申立をする必要は既に失つたもので、申立の利益を欠くに至つたというべきである。

更に本件廃除の及ぼす影響は、単に抗告人に対してのみならず、抗告人の兄弟、子その他親族等にまで及び、その社会的信用の失墜は多くいうまでもない。

三、よつて抗告人は本件申立は棄却さるべきものと確信するものであるが、尚以上諸般の事情を御賢察の上和解の御勧告相なるよう上申致します。

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